僕の名前を小さな声で一度だけ呼んで
ユノさんはしばらくの間無言になった
会話が途切れてからもう20分が経つ
つい・・・・・言ってしまったけど
分かってる・・・・
そんなに単純な事ではないという事を
でも・・・
カタッ
黙り込んでいたユノさんは
カクテルを一気に飲み干してカウンターにグラスを置く
「そろそろ帰ろうか」
「あ....はい
あの.....僕....ごめんなさい...
図々しいですよね...
こんな立場でユノさんに意見するなんて...」
「そんな事ないよ
チャンミンの言うとおりだ。
ありがとう思った事はっきり言ってくれて」
「ユノさん・・・」
僕たちが席を立つとマスターがやってくる
「あれ?もう帰るのか?
ピザもう出来上がるぞ?」
「テイクアウトしてもいい?」
「おう....勿論構わないけど
遅すぎたか?
じゃ、今準備するから待ってて」
「悪いな」
マスターは手早くピザをテイクアウト用の箱に入れる
「はい。この箱のまま温めて食べろよ
電子レンジあるか?」
「うん。
また近いうちに顔出すよ」
「おぅ、絶対すぐにまた来いよ。
じゃ、チャンミンさんまた会えるの楽しみにしてますよ」
「あ、はい!
美味しかったですご馳走様でした」
ユノさんはピザを受け取るとすぐに店の外に出る
僕はマスターに頭を下げて
早歩きをするユノさんの後ろを小走りで着いていった
電車の中も家までの帰り道も
ほとんど会話のないまま僕たちは帰宅した
ユノさんは怒っているわけでもなく
ふてくされているわけでもない
ただじっと何かを考えている様だった
玄関のドアを開けると昨夜と同じようにチャンドラがお出迎え
尻尾を振りながらユノさんと僕に交互に飛びついてくる
「チャンドラただいま
今日は早かったろ?
お留守番ありがとうな」
「チャンドラただいま」
早速ピザの匂いに反応して
袋の中の箱をゴソゴソと物色し始めるチャンドラ
わずかな箱の隙間に突っ込んだ鼻が抜けなくなり暴れだす
「チャンドラ~~
何してるんだよお前
ほら!動くな今抜いてやるから!」
「あ、僕やります!」
蓋を少し開けると簡単にチャンドラの鼻は抜けた
真っ黒なまん丸い目が
痛かったよぉ。と涙目になっているかと思えば
鼻の頭に箱の跡がくっきりついていて
それが少し間抜けで何とも言えずいい味を出していた
「プッ・・・・
アハーッハーハーハ!!
チャンドラの顔!!
チャンミン見て見て!!」
「あ・・箱の跡が・・
アッハッハッハ!
チャンドラ~」
さっきまで言葉が少なかったユノさんと僕は
チャンドラのお陰でまた互いの顔を見て笑う事が出来た
「チャンミンお風呂
今日は俺先に入っていいかな?」
「勿論です!先に入ってください
ユノさんお仕事してきたんですから!」
「じゃお先に」
ユノさんがお風呂に入っている間
今日仕事で着ていた泥まみれのユノさんの作業服をひっそり洗う
弁当箱代わりにしたタッパーを開けてみると
中身は米粒ひとつ残っていなくて
僕はちょっと嬉しくて幸せな気持ちになった
でもすぐにさっきの瞳を潤ませたユノさんの表情がチラついて
またすぐに居た堪れない気持ちになる
・・・・ユノさん
何かずっと考え込んでいたみたいだけど
傷ついていないといいな・・・
僕は思っていた事をそのまま言ってしまったけど
少し強く言い過ぎたかもしれない・・・
バタン
しばらくしてからユノさんが浴室から出てきた
「ピザ食べようかチャンミン
俺なんかお腹すいちゃった」
{あ、そうですね
せっかくマスターさんが作ってくれたんですから
早く食べた方がいいかもですね」
「マスターさんか。。。。
チャンミンは言葉が本当に丁寧なんだなアハハ
マスターに「さん」は付けなくてもいいんじゃない?」
「でも.....僕、マスターさんとは初対面だし....」
「そっか
チャンミンは韓国人なのに
日本の文化をよく分かってるんだね」
「.....全部は分かっていないとは思うけど
多分....今までの経験だと思います。
言葉は学ぶ事で上達するけどその国の文化や常識とかは
やっぱり自分がその国に打ち解けて関わっていく事で
自然と身について来るんだと思います
それに人間同士の繋がりとか......
どこに行っても思いは伝わるものじゃないかなって」
「そうだな.....俺もそう思う。
でも...それでもやっぱり伝わらない事もあるけどな
見えない心の内っていうかさ...」
「.......でも
全てがそうでないとしても誠意は伝わります。
どんな闇があっても決して諦めずに今自分に出来る精一杯の思いを
勇気を持って誠心誠意尽くしていけば
心は必ず伝わると僕は思います」
「勇気・・・・・・・か・・」
ユノさんはしばらくまた無言になり
下を向いて目を閉じて
ゆっくり深く息を吐いた後顔を上げて僕の方を見る
「ピザ温めよっか」
「あ、はい」
レンジで温め直したアツアツのピザを頬張る
ユノさんが絶賛していた様にマスターのピザは極上の味で
こんなに美味しいピザを食べたのは初めてだった
「チャンミン感想は?」
「はい!
何ていったら言いんだろう~
僕今までピザは数知れないほど食べてきたんですけど
これは何ていうか別物っていうか
ピザの上をいくピザっていうか
つまりピザ以上だけどやっぱり極上のピザで
あの、だから、その・・・」
あまりの美味しさに感動して
興奮気味で言葉にならない僕を見ると
「アハーッハーハー!
ほんとに顔に何でも出るんだなチャンミンは......
顔見てるだけで言おうとしてる事が全部伝わってくるよ
美味しくて良かったねチャンミン」
「はいっ
すっごく美味しくて幸せです」
「俺も幸せだ」
ユノさんは大声で笑ったかと思うと
今度はとても真面目な顔になり
「チャンミンと食べた今日のピザの味
俺絶対忘れないから」
「・・・え」
「その幸せそうなチャンミンの顔も
その笑い声も
昨日の事も今日の事も全部覚えておくから」
ユノさんのその言葉は
どこか遠くに行ってしまうかの様な意味にも聞こえた
「・・・あの・・ユノさん」
「大事な人・・いるって言ってたろ?
その人さ・・・
チャンミンが突然いなくなっちゃって今頃心配してるだろうな」
「あ・・・」
「会えるのか?その人と」
「・・・・あ、はい・・・
たぶん・・・会えると信じてます」
「そうか
良かった......」
ユノさんは頷きながら優しく微笑むと
「なぁチャンミン」
「・・・・は・・い・・・」
「俺
チャンミンの事が好きだ」
「・・・ユノ・・・さん」
「ずっと前から出会っていたみたいに・・・
ここで偶然会えたのも運命だと思ってる」
「ユノさん・・・あの・・」
「来世でもまたチャンミンに会えたらいいな
今度は・・・そうだな
もっと若い頃に知り合いたいな
可愛いだろうな子供のチャンミンもアハハ」
「それで俺はずっとチャンミンの傍で
美しく成長していくその姿を見届けるんだ
この日本でもまた一緒に暮らせたらいいな.....
同じ夢とか見ながらさ....」
ユノさんは息注ぐ間もないほど
来世での僕との話しを次から次へと語り出す
僕は喉に何かが詰まったみたいに
言葉が何一つ出てこなくて
何かを言おうとしてもそれはまともな声にはならなかった
何も言えずにいる僕の手を両手でぎゅっと握り締めると
ユノさんは最後に
「チャンミンに会えて幸せだった
俺の一生分の幸せだ」
そう言って
何かを決意をした様に立ち上がった
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今日も最後まで読んでくれてありがとうごじゃいます(´;ω;`)
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